その「20%」に、加わらないために
世界の工業用水汚染の約20%は、繊維の染色や加工工程によって引き起こされています。
なかでもデニム産業は、その影響が特に大きい分野です。
毎年、世界では
- 約5万トンの合成染料
- 8万4,000トン以上のハイドロサルファイト(色を定着させるための強力な化学薬品)
原料の採掘から、染色工程、そして最終的な排水に至るまで。
デニムの「色」は、いまもなお環境負荷が大きく、管理の難しい化学的プロセスに支えられ、それが当たり前とされてきました。
なぜ、染め方から見直す必要があるのか。
その答えは、水と色の関係にあります。
植物染色を、すべてのデニムへ
植物染色をデニムに取り入れるまでに、24か月の研究と開発を重ねました。
目指したのは、「これまでと違うデニムをつくること」。
そして、植物染色を一部の表現ではなく、9-jour.のデニムづくりの中心に据えることでした。
簡単ではない。だから、意味がある。
しかし、植物染色は扱いが簡単ではありません。
色は均一にならず、条件によって表情も変わります。
さらに、新万葉染めは、これまで本格的にデニムへ使われたことのない技法でした。
コレクション全体に使う前例もありません。
「変化」を受け入れるという決断
この染色を選ぶということは、色が時間とともに変化することを受け入れるという決断でもありました。
9-jour.は、その変化を欠点ではなく、着る人とともに育つ魅力だと考えています。
すべての工程を、組み替える
そのためには、染色だけでなく、
- 織り
- 縫製
- 糸選び
- 仕上げ
- 検品
- 保管や輸送
すべての工程を見直す必要がありました。
職人たちと、調整し続ける
また、各工程を担う職人たちにも、これまで使ったことのない染色方法に合わせて、技術を調整してもらうという大きな挑戦をお願いしました。
姿勢が先にある
それでも、この取り組みが実現したのは、9-jour.がはっきりとした姿勢を示していたからです。
- つくりすぎない
- 正しい方法でつくる
- つくった後も、長く向き合う
この考えに共感した職人たちとともに、試行錯誤を重ねてきました。
現在、製品染め・先染め・プリント、すべての9-jour.のデニムは、同じ植物染色の考え方をもとにつくられています。
これは一社や一人の成果ではありません。
職人たちとの対話と積み重ねによって生まれた、共同のものづくりです。
新万葉染めとは?
京都の染色工房 京都・川端商店が、染色技法の研究者であり三重大学および神戸女子大学名誉教授の木村光雄氏とともに開発した、日本発の天然染色技法です。
この染色は、植物や根、虫など、日本の伝統的な草木染め(kusaki-zome)で古くから使われてきた天然の染料をもとにしています。
違いは、素材そのものではありません。
色の抽出方法、濃縮の仕方、そして繊維への定着のさせ方。
そのプロセスにこそ、新万葉染めの革新があります。
川端商店が独自に開発した技術により、新万葉染めでは、従来の植物染めと比べてはるかに少ない量の原料で、深みと奥行きのある色を生み出すことが可能になりました。
自然への負荷を抑えながら、それでも妥協のない色を生み出す。
新万葉染めは、伝統と科学を融合させた、現代のための天然染色です。
天然由来の染料
新万葉染めで使われる染料は、すべて自然由来の素材から生まれています。
植物や虫などの天然素材を丁寧に選び、極めて細かい粉末状に加工した色素だけを使用します。
表現したい色合いに応じて、職人たちは次のような素材を使い分けています。
- エンジュ:葉や花から、やわらかく繊細な植物色を引き出す
- マリーゴールド:明るく澄んだ黄色
- ガランス:深みのある赤
- コチニール:現代的で奥行きのある色調
- ログウッド:淡くやさしいブラウン
これらの天然素材は、そのまま使うのではなく、
色の粒子が均一になるまで細かく粉砕されたうえで、染色液に加えられます。
この下準備によって、繊維を傷めることなく、思い通りの色合いと、微妙な濃淡のニュアンスを引き出すことが可能になります。
また、カラートナーのように色を組み合わせることによって様々な色も作り出せます。
新万葉染めは、自然の力に頼りながらも、感覚だけに委ねない、精度の高い天然染色なのです。
この仕事は、会社のためでも、自然のためだけでもない。
最後に行き着いた答えは、
人のためだった。
環境問題から生まれた技術
新万葉染めは、ある環境問題をきっかけに生まれました。
当時、京都・川端商店は伝統的なテキスタイルプリントを行っていましたが、その現場では、インクの管理や排水処理といった問題が大きな課題となっていました。
環境汚染への懸念が高まる中、川端商店は石油由来の合成染料を一切使わず、天然顔料のみで行う印刷技術「ePrint」を独自に開発します。
この経験と技術の蓄積が、現在の新万葉染めの基盤となりました。
新万葉染めは、
- 色を安定してコントロールできること
- 廃棄物を最小限に抑えられること
- 染色に使う水を適切に管理できること
を可能にしながら、天然染色の表現の幅そのものを広げる技法として進化していきました。
環境への問題意識から始まり、技術として磨かれ、
いまでは「自然と共存する染色」の一つの答えとなっています。
木村光雄教授の功績
— 新万葉染めを支えた研究者
新万葉染めは、染色研究の第一人者である木村光雄教授と、京都・川端商店との共同研究から生まれました。
木村教授は工学博士で、日本における染色・繊維研究を長年リードしてきた研究者です。
1933年、大阪の織物商の家に生まれ、幼い頃から布や染色に親しみながら育ちました。
その後、福井大学、京都工芸繊維大学、三重大学などで教鞭を執り、のちに名誉教授となります。
木村教授が生涯を通して取り組んできたのは、植物染めを、感覚だけに頼らず、現代でも通用する技術として確立することでした。
伝統的な職人の知恵に、科学的な分析と理論を掛け合わせることで、天然染色の可能性を広げたいと考えていたのです。
2014年に木村教授は亡くなりましたが、新万葉染めは今も、その研究と思想を受け継ぎながら、京都・川端商店によって磨き続けられています。
新万葉染めは、研究者の知と、職人の技、そして自然と向き合う姿勢が重なって生まれた現代のための天然染色です。
新万葉染めの工程
色は、化学的に「つくる」のではなく、素材の中から「引き出す」。 新万葉染めは、その思想を工程として組み立てた技法です。
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01|染料となる素材を選ぶ
天然素材の選定から始まる
新万葉染めは、天然素材の選定から始まります。
使われるのは、植物、花、根、木、そして昆虫など、自然由来の素材のみ。
重要なのは、「どれだけ効率よく染まるか」ではなく、素材が本来持っている色の質です。
— どこで採れたものか
— どのような性質を持つか
— コットンとの相性はどうかを一つひとつ確認し、狙う色合いに合わせて選ばれます。
ここでは、色を化学的に配合することはありません。
色はすでに、素材の中に存在している。
それをどう引き出すかが、新万葉染めの出発点です。
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02|乾燥・微粉末化
粒子レベルまで細かくする
選ばれた天然素材は、まずしっかりと乾燥させた後、非常に細かい粒子になるまで粉砕されます。
ここでつくられるのは、均一な状態の微粉末。
この工程は、新万葉染めにおいてとても重要なステップです。
一般的な植物染めのように、植物をそのまま、あるいは粗く砕いた状態で使うのではなく、新万葉染めでは粒子レベルまで細かく粉砕した素材を使います。
微粉末化によって:
— 色素をより濃く、効率的に抽出できる
— 必要とする原料の量を大きく減らせる
— 染料が繊維の奥まで均一に入りやすくなる
— 排水として捨てても生分解が早い色の深みと安定性、そして環境への配慮。その両立を支えているのが、この工程です。
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03|色の調合
染める前に、色をつくる
染色に入る前、まず植物染料の粉末を混ぜ合わせ、分量を細かく調整します。
職人は以下の要素に応じて複数の微粉末を組み合わせます。
— 仕上がりの色のイメージ
— どれくらい濃く、深みのある色にするか
— 綿に染めたときにどんな表情になるか配合はすべて量りで計測され、試し染めを行い、必要に応じて数グラム単位で調整。
こうして理想の色が少しずつ形になっていきます。
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04|色素を凝縮する抽出工程
少ない原料で、濃く安定した色へ
微粉末化した天然素材をもとに、京都・川端商店が独自に開発した方法で高濃度の染料液をつくります。
一般的な植物染めでは、大量の植物を煮出して色を抽出しますが、新万葉染めではその方法をとりません。
この工程の目的は、できるだけ少ない原料から、できるだけ濃く、安定した色を引き出すこと。
その結果、
— 深みのある、豊かな色合い
— 原料の使用量を抑える
— 環境への負荷も最小限に美しさと環境配慮を両立させる、新万葉染めの中核となる工程です。
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05|何度も染め、ゆっくり色を重ねる
薄い層を重ねて、奥行きをつくる
デニムは、一度で濃く染めるのではなく、染液に何度も浸しながら、少しずつ色を重ねていきます。
一回染めるごとに、生地は空気にさらされ、しばらく休ませます。
この時間の中で、植物由来の色素が酸素と反応し、繊維の奥に定着していきます。
こうして、
— 色は一気に乗るのではなく
— 薄い層を何層も重ねるように深まっていき
— 表面だけを覆う「ベタ塗り」にはならないその結果生まれるのは、奥行きがあり、ムラも個性として感じられる、生きた表情のある色。
時間と手間をかけるからこそ生まれる、新万葉染めならではの美しさです。
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06|色の定着 ― そしてコラーゲン仕上げ
色を守り、触感をつくる
十分に色が重なったあと、その後の洗いでは、強い水圧や化学薬品を使わず、
オリーブ石鹸由来の脂肪酸と、自然由来の媒染剤を組み合わせた方法を用います。
この工程によって、
— 余分な染料だけをやさしく落とし
— 繊維と色素の結びつきを安定させ
— 色が落ちにくい状態を保つこうして色が安定したあと、9-Jourのデニムにはコラーゲン処理を施します。
使用するのは、膠(にかわ)として用いられる、食用グレードのコラーゲン。
— 生地にしっとりとした潤い
— 自然な風合いを保ちながら
— デニムとは思えない柔らかな触感色も、質感も、ここで完成ではありません。
着る人の時間とともに少しずつ変化し、その人だけの表情へと育っていきます。
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07|色と水に、最後まで向き合う
工程の最後も、責任の範囲
染色後の工程では、使用した水の状態を確認し、必要に応じて管理・処理を行います。
あわせて、完成したデニムについては、
— しっかり乾いた状態での色
— 光に当たったときの色の反応
— 時間とともに穏やかに変化していくかこれは、新品の状態を固定するためではなく、着ることで自然に育っていく色合いかどうかを確かめるための工程です。
環境への影響を、科学的な方法で検証。
新万葉染めは、「化学染料の代わりになりそうだから」選ばれた方法ではありません。
9-jour. では、この染色によって生まれる水が自然にどのような影響を与えるのかを、実際に確かめました。
検証にあたっては、水や土壌の汚染を専門とする市川教授に協力を仰ぎ、実験を行っています。
実験では、水の安全性を調べる指標として国際的に使われているゼブラフィッシュの卵を使用し、染色工程で出た水に直接触れさせ、その反応を観察しました。
結果として、この水に触れた卵は問題なく成長しています。
一方、一般的な化学染料を使った染色工程の水では、同じ卵が24時間以内に死んでしまうという結果が出ています。
この検証から、新万葉染めは次の点が確認されています。
- 有害な排水を出さずに染色できること
- 水の中の生き物や環境に大きな負担をかけないこと
- 従来の工業的な染色とは、考え方そのものが異なること
9-jour. がこの染色方法を選んだのは、ただ「環境にやさしい」と言いたかったからではありません。
実際に確かめて、安心できる染色方法だと判断できたからです。
化学薬品に頼らない染色
一般的なデニムの染色では、石油由来の合成染料や、色を定着させるための化学薬品、
高温の染色工程が使われるのが当たり前になっています。
新万葉染めでは、そうした方法を選びません。
- 植物など自然由来の色素のみを使用
- 色を定着させる工程も、自然由来の素材と工程
- 常温染色のため、余分なエネルギーを使わない
石油由来の化学染料や工業的な薬品に頼らず、
自然の素材と手仕事だけで色をつくる染色方法です。
その結果、染色後の水や周囲の環境に、強い負担をかけることがありません。
従来の植物染めよりも、
少ない植物原料でしっかりと色を出す
一般的な植物染めでは、植物を煮出して色素を取り出し、
その液体で布や糸を染めます。
この方法では、多くの場合、生地や糸と同じくらいの重さの植物が必要になります。
新万葉染めでは、独自に開発された抽出技術によって、
少ない植物から高濃度の色素を取り出すことが可能になりました。
生地や糸の重さに対して、約20〜40%程度の原料量で染色ができます。
原料の使用量を抑えることで、自然への負担を減らし、
持続可能な染色を実現しています。
媒染の考え方を見直す
一般的な植物染めでは、色を濃く安定させるために、
染めと媒染を何度も繰り返す必要があります。
その分、時間も手間もかかり、原料や水の使用量も増えてしまいます。
新万葉染めでは、媒染の工程そのものを見直しました。
自然由来の媒染方法によって、
少ない工程でも色が繊維の奥までしっかり定着するよう設計されています。
何度も同じ作業を繰り返さなくても、
しっかりとした色の染め上がりが得られるのが特徴です。
負担が大きいところから、変えていく
いま、世界で起きている工業用水汚染のうち、
約20%は、染色や繊維加工が原因だと言われています。
9-jour.が目指しているのは、この問題を「少しだけ良くする」ことではありません。
服としてきちんと着られ、洗われ、直され、長く使われる中で、
まったく別のやり方が本当に成り立つことを示すこと。
そのために9-jour.は、後染め・糸染め・プリントを含むすべてのデニムに新万葉染めを取り入れました。
それは、
- 水を汚さない染色を選ぶこと
- 石油由来の合成染料に頼らないこと
- 今も続く職人の技術を大切にすること
- 色が少しずつ変わっていくことを、欠点ではなく価値として受け入れること
色を止めるために自然を犠牲にするのではなく、
自然とともに変わっていく色を、そのまま着る。
9-jour.は、環境のために「そう言いたいから」ではなく、
現実的に続けられる方法として、この選択をしています。